(本)「僕の死に方」 意外や意外、素晴らしいライフワーク本!でも・・・。

テレビのワイドショーなどを中心に、

主婦目線のお買得情報を紹介されていた金子 哲雄(かねこてつお)さん。

去年末、肺カルチノイドという病気(病状的には、癌に似ています)で、41歳という若さで亡くなられました。


その遺作「僕の死に方 エンディングダイアリー500日」を読みました。

自らの死すら客観視し、葬式までプロデュースしてしまう、ものすごい方でした。


死に様、生き様について興味を持ったことをきっかけに本書を手に取りましたが、

意外や意外、

この本は、金子さんが

「いかに流通ジャーナリストというオンリーワンのポジションを確立していったか?」

という点についての回顧が面白く、

「ライフワークに生きた人の軌跡」を追体験する本としても非常~に得るものの多い内容でした。




ただし、ただしです。(誤解を生じる恐れもありますが、私にとって、一番重要なテーマなので、思い切って書きます)


1つだけ、とても惜しいな、と心から感じたことがありました。


それは、

「金子さんが当初(まだ間に合ったかもしれない頃に)、死と真剣に、本当に向きあおうとはされなかったこと

です。


金子さんは、こう言います。

 仕事は精神面でプラスに働いた。仕事をしている時は、集中しているため、病気のことを忘れることができたのだ。そのあいだは、死の恐怖と直接向き合わずに済む。手持ち無沙汰でいると、どうしてもそのことを考えてしまうのだ。ネガティブな思考は、それだけで精気を吸い取ってしまう。 (P89)


「病気になったあとは、遠い将来の目標に向かうわけにいかない。
 自分にとっては苦手な、今日一日、この瞬間、瞬間を重ねて生きるという生き方に変えなくてはならなくなった。これではどう生きていったらいいのかわからないとも思った。 (P158)



金子さんの奥様は再三、再四にわたって「身体のことを第一にして、仕事は休んで!」とお願いしました。
それでも金子さんは、「僕の生きがいだから、頼む!!」と言って、手術の合間に仕事を入れ続けます。(もう、びっくりする位、予定を埋めてしまうのです)

そして奥様も、最後には「わかった」と了承されるのです。




以下は、脳科学者として著名でプロフェッショナル仕事の流儀に出演していた茂木健一郎さんの対談です。

茂木:「癌のターミナルケアをしている方がおっしゃっていたことなんですけど、癌になったことがわかった患者さんに、『おめでとうございます』という医者がいるんですって。

 なぜかと言うと、
 交通事故などで亡くなる場合は、ほんの一瞬で生命が終わってしまうから、自分の人生を見つめ返す余裕がない。けれども、癌だと自分の人生をゆっくり見つめ返す時間がある。たしかに痛いのはいやだけれども、最近は緩和ケアで身体への負担もずいぶん減ってきました。その間に自分の人生を振り返ったり、生きること、生きてきたことの意味を考えることができる。その振り返る過程で、驚くべき変容が起こることもあるそうです。

季世恵:そのとおりだと思います。私自身もターミナルケアを二十年近くしています。なので、末期がんの方の最後も看取ることも多いんです。ご自分が癌だとわかった方は、そのときから自分自身と向き合い、家族や友人と向き合い、という作業を始めていきます。そして最終的には、「本当は自分は何をしたかったのか」「どんなことを本当は願っていたのか」など、本質的な問へ迫っていくんですが、そういうとき、その方たちがよく私に漏らされる言葉があるんですよ。

「季世恵さん、自分は本当に遅かった」

「病気になる前に、これは知っておくべきだった」

そして私にこう言うんです。

「どうか他の人には、自分みたいに最後のときになってこれに気づくのではなく、もっと前に気づいてもらいたい。季世恵さん、あなたはいつも自分のような人間を見ているんだから、なんとかしてそれができないかなぁ」と。

まっくらな中での対話 (茂木健一郎 with ダイアログ・イン・ザ・ダーク) P66 より




でも、これは、

金子哲雄さんというオンリーワンな男の生きざまそのものであったこと、

そのことに、間違いはありません。


本当に、心から読んでよかったといえる一冊となりました。





以下、引用です。


■ ライフワークについて響いた言葉
・大人になってからいろいろな方にお会いして、子どもの頃に母親にほめられたことをのちに仕事にしている、というパターンが老いことに気がついた。
 子どものよいところに気がついて伸ばしてあげるのは大切なことだ。 (P25)


・数学の得意なTくんに、「楽しいことは何?」と聞かれた時に、私が真っ先に思い浮かべたことは、価格情報を話して喜ばれた体験だった。こうしたことを調べることも、人に話すことも、天職と思えるぐらい好きだったのだ。Tくんの数学に勝てるとしたら、これしかない。 (P29)


・組織人にはなる気がなかったが、社会を学びたかった。今までの「学生」から、早く「社会人」になりたかった。
 と同時に、300社回ることで、改めて自分がサラリーマンに向いていないことも実感していた。
 就職活動は、独立を見据えた行動でもあった。独立後のことも考えて、会社を選ぼうとしたのだ。 (P33)



・どんなに小さな仕事でも、それは必ず「誰か」に向けられている。 (P69)



・大事なのは、自分なりの方法で相手を喜ばせることだ、と。人が「喜ぶこと」は、人それぞれ違う。千差万別だ。
 そこに応えてあげれば、それが回り回ってビジネスに結びつく。このオーナーにとっては、孫が宝物だった。だから、その孫の思いに応えてくれた私への信頼感は、飛躍的に増したのだ。
 実際、このことが、独立後の私を支えてくれた。 (P36)

 ↓

 (独立後、二週間目に)例のオーナー経由で、オーナーの地元の商工会議所から講演の依頼が飛び込んできた。講演する予定だった人が急病になり、穴があいて困っているということだった。
 


・彼ら中小企業の経営者には、実はひとつ共通していることがある。

 「1円でも安く!」

 だからそこをテーマにして話すことが、彼らの「喜ぶこと」につながるのだ。 (P38)



・私の講演は、彼らのツボにはまった。この講演会を聞いた方々から、
 
 「うちでもやってくれ」

 という依頼が相次いだのだ。講演会が、次の講演会の営業になった、というわけだ。 (P39)



・普通に考えれば、社会人経験1年の若造だ。ネタが抱負にあるわけではない。今だから言えるが、当時はビジネス書のお世話にもなった。
 23歳の時、講演料は1回数万円だった。これが月に平均4~5本あれば、独身20代の生活には十分だった。
 そうこうするうちに、専門月刊誌「商業界」から仕事の依頼が来た。

 私は28歳になっていた。
 この時初めて、「流通ジャーナリスト」を名乗った。当時、こんな肩書きを名乗っている人はいなかったが、だからこそ意味があると思った。 (P39)



・例えば、「見える化」「50℃洗い」。そんな旬の言葉をコメントのどこかに必ず入れるようにした。私は女性週刊誌の見出しを使って、男性視聴者向けのニュースを切るようにしていたのだ。 (P56)



・私の取ったスタンスは、「女性の視点」だった。女性週刊誌の愛読で鍛えられた(子供の頃からの愛読書だった)、いわゆるフツウの主婦の目だ。国際経済やユーロ安など大上段---はるか彼方の話から経済を語るのではなく、きゅうり1本の値段から国際情勢を読み解こうとした。
 実際、ユーロ安についてはこんなふうに解説した。
 「奥さん!今はエルメスが買いですよ!今、ヴィトン買わなきゃ!ケリーバッグ、これまで150万円だったのが今、98万円になってますよ」
 そのあとに、それはなぜなのかということを為替レートの話から説き起こし、その後、短期的な国際経済の流れや長期的な視点を話した。
 お買い得情報を国際経済と同時に語ろうという、こうした視点に立ったコメンテーターは、それほど多くはなかったのだ。 (P57)



・私にとってスーパーは、「経済の先生」だ。この場所を定点観測していると、実体経済が手に取るようにわかる。

 数分間、レジ通過人数を数える。1分間にレジ通過人数が2人だとしたら、1時間で120人。
1つのバスケットの売り上げ平均は、2000円~2400円だから、

 2000×120×営業時間。

 その数字に8掛けすると、1日のだいたいの総売上がわかる。レジが10個あったら、単純に10倍すればいい。さらに、1日の売り上げ×年兼ね意行日数で、そのスーパーのだいたいの年商がわかる。
 
 この地域で、この年商では厳しいな、と思ったところは、たいがい1年以内におかしくなってしまう。 (P65)



・「昼も夜もまだまだ足りない!」
 とにかく、時間だけが欲しかった。

 高校時代にTくんの言っていた、
 「好きなことをしていると楽しい」
 という台詞は、本当に楽しかった。
 毎日が充実していたし、息継ぐ間もなかったような感じだ。
 目の前の仕事は、私にとって、次の仕事のエネルギー源だった。仕事を糧にして、次の仕事に邁進する。エネルギーは尽きることがなかったし、尽きるとも思わなかった。
 この当時、1日16時間労働は当たり前で、睡眠時間が4時間あればいいほうだった。 (P69)



・私は仕事先に、いつもコージーコーナーのシュークリームを持参することにしていた。
 これは父から聞いた、日商岩井の副社長だった海部八郎さんのエピソードなのだが、彼は必ず手土産に、岡埜栄泉の豆大福を持っていったという。
 父いわく、
 「お土産っていうのは、同じものに決めたほうがいい。それを見たら、その人を思い出すきっかけになるようなものがいいんだ。それが仕事につながる」

 コージーコーナーならば、どんな仕事先に出向こうと、近場にあることが多い。テレビ局の近くにもかならずある。買うのに困らない。値段も高くないし、それでいておいしい。 (P133)



・自分は、病気になる前は60代、70代、80代でこうありたいという姿を、かなり具体的に描いていて、その目標に向かって努力してきた。変な話、テレビに出ることもある程度は想定していたので、それほど舞い上がってはいなかったと思う。
 ただし、病気だけは想定外だった。描いていた未来が、病気になったことで見えなくなった。 (P157)







■ 病気について響いた言葉


・自分の人生を選択してきたつもりだったが、最後の最後になって、終わりの瞬間を選べないとは。 (P161)



・大病を患って初めてわかったことだが、患者が医師の先生に求めているのは、「信頼」だった。それは、病院の格や、世間での評判ではない。「人柄」だ。 (P96)



・もしみなさんの周りにがん患者がいたら、

 「好きにしたらいいよ」

 と温かく声をかけてほしい。

 「がんばれ」

 という言葉もつらい。



・今日までのもう3回、これがお迎えではないかと思われるものが来ている。
 ある時は亡くなった知人が現れ、ある時は制服のようなものを来た人物が現れた。
 妻によると、私が薄ぼんやりした中で、”お迎え”と会っている時、彼女も部屋の片隅に何かの気配を感じたという。 (P123)



・死の淵まで行った8月22日以降、気持ちが変わったことがある。
 それまでは、学生時代の友達に会ったりすると、想い出がいっぱいありすぎて死ぬのが怖くなると思っていた。だからあわないと決めていた。
 22日以降は無性に会いたくなってきた。

 不思議なことに、一緒に帰った道中のことなど、些細なことばかり想い出す。

 そういう想い出を作ってくれた仲間に、ありがとうと伝えたい気持ちになった。

 そこでフェイスブックを通じて、かつての同級生たちと交流し始めた。自分のような変わり者を受け入れ、共に時間を過ごしてくれた仲間にお礼を言いたいと思うのだが、いざとなるとなかなか、本当のことは言いづらい。

 言われた方も心の準備ができていないと、かえって困らせてしまうことになるといった問題が一方では存在する。

 知らせて、がんばれ、がんばれと言われても困ってしまう。 

 当たり前だが、相手が死に直面している状況を受け入れるのは、簡単なことではない。
 一瞬で死生観を共有することなんてできない。
 ただ、こちらとしては、今がんばれといわれると、その段階は1年以上前に終わっているんだがなあと思ってしまう。 

 周囲には、すごく努力を重ねれば必ず突破できるという信念を持った人が多い。自分もかつては努力は報われるのだ、それが日本のいいところだ、と思っていた。 (P154)


《※ 私事で恐縮ですが、僕の母親は、癌になって、どんどんやせ細っていった同僚から「俺、もうだめだよ!」と言われた時に、
 思いっきり、

 「なに言ってんの! 頑張りなさい!!」

 と悪い見本そのままのようなことを言っていました。もう、既に、その人は頑張っています。その相手に向かって「頑張れ」とは、冷水をぶっかけるようなものでしょう。 まったく・・・。》



・すると、真顔で金子が言うのです。

 「だめだよ、そんなお願いの仕方じゃ。『明日、野崎先生と嵯峨崎さんをおもてなしするために焼肉をするので、すみませんが、今日は行けません』。こう言わないと。お迎えには、一日一日待ってもらわなくちゃいけないんだよ」 (p173)








金子哲雄さんの生き様を読ませていただくことで、

「死」という、我々にとって最も確実なこと

に想いを馳せることができました。




「ライフワークに生きた一人の人間の生きざま」

をこれだけ正直に語った本は、まずないのではないか、

と思います。


心からオススメの一冊です。















 僕の死に方 エンディングダイアリー500日
 














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ジャンル : 就職・お仕事

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れおん
東京在住。2011年初旬に安定した仕事を辞め、いくつかのお金の流れを創りつつ「真の幸せとは何か?」「自由とは?」を探求中。かなりの手応えを掴み、探求をほぼ終えつつあります。縁のあった少数の人に「好きな事をビジネスにして楽しく生きる」ためのコンサルティングをしています。興味のある方は「メールフォーム」から気軽にメッセージをお送りください。

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