(読書メモ)村上春樹は,”それ”を知っている ~ねじまき鳥クロニクル~

村上春樹は,知っているのだと思います。

「本当の自分は,肉体ではない」

ということを。


あるいは彼のいう,

「地下二階まで降りて観察してくる。創作ではない」

という作業を淡々と続けた結果,

(少なくとも)直感レベルではつかんでいるのでしょう。


 参考記事→村上春樹の習慣術(と観察法) ~とにかく自分をペースに乗せてしまう~



ねじまき鳥クロニクルを読んで,そう確信せずにはいられませんでした。

  

そのことを彼は,この物語で指し示し続けているように感じるのです。



以下,気になった文のメモです。


■ 井戸の底で

この暗闇が本来のバランスを大きく乱しているのだ。肉体などは結局のところ,意識を中に収めるために用意された,ただのかりそめの殻に過ぎないのではないか,と僕はふと思った。 (2巻P134)



井戸の話には,これ以外にも示唆に飛んだエピソードが沢山ありました。







以下は,経営の真実を感じさせるエピソード。

■ 銀座で店を経営するおじさんの話

「銀座にたかが四軒や五軒店を持っているだけだ。でも成功するか失敗するかということに話を絞れば,俺はただの一度も失敗しなかった。それは,俺がそのコツのようなものを実践してきたからだよ。他のみんなは誰が見てもわかるような馬鹿みたいなところは簡単にすっ飛ばして,少しでも早く先に行こうとする。でも俺はそうじゃない。馬鹿みたいなところにいちばん長く時間をかける。そういうところに長く時間をかければかけるほど,あとがうまく行くことがわかっているからさ

(中略)

「それぞれのケースで試算することになるんでしょうね。この場所だったら家賃が幾らで,借金が幾らで,その返済金が月々幾らで,客席がどのくらいで,回転数がどれくらいで,客単価が幾らで,人件費がどれくらいで,損益分岐点がどれくらいか・・・そんなところかな」

「それをやるから,大抵の人間は失敗するんだ」と叔父は笑って言った。

「俺のやることを教えてやるよ。ひとつの場所が良さそうに思えたら,その場所の前に立って,一日に三時間だか四時間だか,何日も何日も何日も何日も,その通りを歩いていく人の顔をただただじっと眺めるんだ。何も考えなくていい,何も計算しなくていい,どんな人間が,どんな顔をして,そこを歩いて通り過ぎていくのかを見ていればいいんだよ。まあ最低でも一週間くらいはかかるね。そのあいだに三千人か四千人くらいの顔は見なくちゃならんだろうう。あるいはもっと長く時間がかかることだってある。でもね,そのうちにふっとわかるんだ。突然霧が晴れたみたいにわかるんだよ。そこがいったいどんな場所かということがね。そしてその場所がいったい何を求めているかということがさ。もしその場所が求めていることと,自分の求めていることがまるっきり違っていたら,それはそれでおしまいだ。別のところにいって,同じことをまた繰り返す。でももしその場所が求めていることと,自分の求めていることとの間に共通点なり妥協点があるとわかったら,それは成功の尻尾を掴んだことになる。あとはそれをしっかり掴んだまま離さないようにすればいい。でもそれを掴むためには,馬鹿みたいに雨の日も風の日もそこに立って,自分の目で人の顔をじっと見ていなくちゃならないんだよ。計算なんかはあとでいくらでもできる。俺はね,どちらかというと現実的な人間なんだ。この自分のふたつの目で納得するまで見たことしか信用しない。理屈や能書きや計算は,あるいは何とか理論なんてものは,だいたいにおいて自分の目でものを見ることができない人間のためのものだよ。そして世の中の大抵の人間は,自分の目でものを見ることができない。それがどうしてなのかは,俺にもわからない。やろうと思えば誰にだってできるはずなんだけどね」

(中略)

「お前のやるべきことは,やはりいちばん簡単なところからものごとを考えていくことだね。例えて言うなら,じっとどこか街角に立って毎日毎日人の顔を見ていることだろうね。何も慌てて決める必要はないさ。辛いかもしれないけれど,じっと留まって時間をかけなくちゃならないこともある」

(中略)

「~それがどうしてこんな風に急に駄目になってしまったのか,俺にはもうひとつうまく理解できないんだよ。お前にもまだうまく理解できていないんだろう?」

「いませんね」

「だとすれば,何かがはっきりとわかるまで,自分の目でものを見る訓練をした方がいいと思う。時間をかけることを恐れてはいけないよ。たっぷりと何かに時間をかけることは,ある意味でいちばん洗練されたかたちでの復讐なんだ」 (2巻P371~)




翌日の朝,同じように電車に乗って新宿にでかけた。そして同じベンチに座って通り過ぎていく人々の顔を眺めた。昼になるとコーヒーを買って飲み,ドーナツをひとつ食べた。夕方のラッシュアワーになる前に電車に乗って帰宅した。その次の日もまったく同じことの繰り返しだった。やはり何も起こらなかった。何の発見もなかった。謎は相変わらず謎のままであり,疑問は疑問のままだった。でもほんの少しずつ自分が何かに近づいているという漠然とした感覚があった。 (3巻P50)


自己啓発書ではけっして知ることのできないことですね。でも,真実をついてる気がします。






僕は逃げられないし,逃げるべきではないのだ。それが僕の得た結論だった。たとえどこに行ったところで,それは必ず僕を追いかけてくるだろう。いつまでも。 (2巻P395)


僕も,勝負しなかった中学・高校の恐怖心には,いまでもつきまとわれています。
この瞬間に,勝負しなければなりません。(これが真の男性性でしょう)





■デザイナーの赤坂ナツメグと惨殺された夫の立身出世話

「服をデザインすることは私にとっては別の世界に通じる秘密の扉だったの。そのちいさな扉を開けると,そこには私だけの世界が広がっている。そこではね,想像力がすべてなのよ。自分が想像したいものをうまく想像することができれば,あなたはそれだけ現実から遠ざかることができる。そして私にとっていちばんうれしかったのは,それがただだっていうことだったわ。想像することには一銭もお金がかからないのよ。素晴らしいじゃない?美しい洋服を頭の中で思い描いてそれを絵に移し替えるのは,ただたんに現実を離れて夢想に耽るというだけじゃなく,私にとっては生きていくために欠かせないことだったの。それは息をするのとおなじくらい当たり前で自然なことだったの。だから誰もが多かれ少なかれ同じようなことをしているのだろうと私は想像していた。でもほかのみんなはとくにそんなことをやっていないし,やろうと思ってもうまくできないんだとわかったとき,私はこう思った『私はある意味ではほかの人たちとは違うんだ。だから違った生き方をするしかないんだ』ってね」 (3巻P287)


もちろん仕事は最初から順風満帆とはいかなかった。二人とも実際的な能力に驚くほど欠けていたから,悪い相手に手もなく騙されたり,業界の慣習を知らないために注文をとれなかったり,あるいは考えられないような単純な間違いをしたり,なかなか起動に乗ることができなかった。借金がかさんで夜逃げをするしかないというところまで行ったこともあった。でもナツメグがふとした縁で,ふたりの才能を高く評価して忠誠を誓う有能なマネージャーを見つけたことが突破口になった。その後会社はそれまでのもたつきが嘘だったように発展した。 (3巻P291)


自分が人前にでることを以前ほどは苦痛に思わなくなっていることに彼は突然気づいた。相変わらずうまく喋ることはできなかったけれど,若いころとは逆に,彼のこういうぶっきらぼうで訥弁なところに人々は惹かれているようだった。人々は彼の木で鼻をくくったような受け答えを(それはもともと生来の内気さから発したものだったのだが),世間知らずの傲慢とはとらず,チャーミングな芸術的資質として受けとめてくれた。彼はやがてそういう自分の置かれた立場を楽しむようにさえなった。そして彼はいつのまにか,その時代の文化的ヒーローのようなものにまで祭り上げられていった。 (3巻P293)


世の中の評価というものは,こんなものかも知れませんね・・・。





■間宮中尉

私は学生のころにこっそりと隠れてマルクスの著書を何冊か読みましたし,共産主義の思想に基本的には賛同しないわけではありませんでしたが,今更それにのめり込むには,私はあまりに多くのものごとを見過ぎてきました。私の部署と情報部との関係で,スターリンとその傀儡の独裁者がモンゴル国内でどのような血塗られた圧制を行ったか,私はよく知っていました。彼らは革命以来何万という数のラマ僧や地主を,そして反対勢力を収容所に送って冷酷に抹殺しました。それとまったく同じことがソビエト国内でも行われておりました。私はたとえ思想そのものを信じることができたとしても,その思想や大義を実行に移す人々や組織をもう信用することはできませんでした。 (3巻P453)

我らがレーニンはマルクスの理屈の中から自分に理解できる部分だけを都合よく持ち出し,我らがスターリンはレーニンの理屈の中から自分に理解できる部分だけを~それはひどく少ない量だったが~都合よく持ち出した。そしてこの国ではな,理解できる範囲が狭い奴ほど大きな権力が握れるようになっているんだ。それは狭ければ狭いほどいいんだ。いいかマミヤ中尉,この国で生き残る手段はひとつしかない。それは何かを想像しないことだ。想像するロシア人は必ず破滅する。私はもちろん想像なんかしないね。私の仕事はほかの人々に想像をさせることだ。それが私の飯のたねだ。 (3巻P499)


赤坂シナモンが「想像」によって現状を切り開いていったことと,鮮やかなコントラストを成していますね。(このブログを書きながら気づきました)





■対決の場面

何も考えてはいけない,と僕は思った。想像してはいけない。間宮中尉は手紙の中にそう書いていた。想像することがここでは命取りになるのだ。 (3巻P550)


息をひそめて闇を睨んで相手の動きを待っていた。血が筋になって僕の頬をすっと流れ落ちるのがわかった。でも僕はもう不思議なくらい恐怖を感じてはいなかった。それはただのナイフに過ぎないのだ,と僕は思った。それはただの怪我にすぎないのだ。僕はじっと待った。ナイフがもう一度僕の前に突き出されるのを待った。僕にはいつまでも待ち続けることができた。僕は音を立てないように息を吸い,息を吐いた。さあ,動けよ,と僕は思った。僕はここにじっとしている。刺したければ刺せばいい。僕は怖くはない。 (3巻P552)



肉体はその重みと質感をどこまでも限りなく失い続けていた。でも僕はそのことに不安も恐怖も感じなかった。僕は異議を唱えることなく,温かく大きく柔らかなものに身を任せ,肉体を明け渡していった。それは自然なことだった。気がついたときには,僕はあのゼリーの壁の中を通り抜けていた。僕はそこにある緩やかな流れに身を任せているだけだった。 (3巻P555)





もっともっと,真の自分を感じさせる箇所があったのですが,読み返してみると,肝心な部分の引用が少ない(笑)
しかしながら,今回はタイムアップ。

ここまでとしておきたいと思います。













非常に濃密な著作でした。いずれまた,時間をおいて読み返したいと思います。

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編











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れおん
東京在住。2011年初旬に安定した仕事を辞め、いくつかのお金の流れを創りつつ「真の幸せとは何か?」「自由とは?」を探求中。かなりの手応えを掴み、探求をほぼ終えつつあります。縁のあった少数の人に「好きな事をビジネスにして楽しく生きる」ためのコンサルティングをしています。興味のある方は「メールフォーム」から気軽にメッセージをお送りください。

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